〜“削る歯周治療”から“守る歯周治療”へ〜
歯周治療を学び始めた頃、
私は「とにかく歯石は徹底的に取るもの」だと思っていました。
根面は硬く、ツルツルに。
取り残しがないように。
歯石探知で引っかからないように。
それが“良いSRP”だと教わってきました。
そして実際、多くの歯科衛生士が、真面目に、誠実に、その考え方で患者さんを守ろうとしてきたのだと思います。
しかし現在、歯周病学は少しずつ変化しています。
今、私たちは、「どれだけ削れるのか」ではなく、
「どれだけ守れるか」を考える時代へ入り始めています。
セメント質は、ただの“汚れた面”ではない
歯の根の表面を覆う「セメント質」。
歯周治療では、
つい“歯石のついた場所”として扱われがちです。
しかし本来、セメント質は、
- 歯根膜線維を付着させる
- 咬合力を分散する
- 歯を支える
- 知覚過敏から守る
という重要な役割を持つ、生体組織です。
つまり、“歯石がついている場所”ではなく、“歯を支えている組織”なのです。
セメント質は再生するのか?
では、削れてしまったセメント質は、再生するのでしょうか。
結論から言えば、完全に元通りへ簡単に再生するわけではありません。
条件が整えば、
- 新生セメント質形成
- 歯周組織再生
は起こります。しかし、「削ってもまた戻る」という組織ではないのです。
だからこそ現在、“必要以上に削らない”という考え方が重視され始めています。
なぜ昔は“徹底的に削る”必要があったのか
以前の歯周病学では、
- 汚染セメント質は除去すべき
- 根面は硬く滑沢化するべき
- ザラつきは悪
という考え方が強くありました。
また、「エンドトキシンは根面深部まで浸透する」と考えられていたため、
徹底的なSRPが重要視されていました。
しかし現在では、エンドトキシンは比較的表層性であることや、
炎症コントロールは、
単純な“削る量”だけでは決まらないことも分かってきています。
つまり、“感染源を適切に除去する”ことは大切。でも、
“必要以上に歯を削る”こととは別なのです。
「滑沢化」が目的ではなくなってきている
最近、若い歯科医師の先生とSRPについて話した時、
こんな言葉を聞きました。
「結果的に滑沢化になることはある。
でも、滑沢化を目的にはしない。セメント質は守る。」
私はこの言葉に、とても時代の変化を感じました。
昔は、“滑沢化そのもの”が目的だった時代がありました。
しかし現在は、
- 炎症をコントロールする
- バイオフィルムを破壊する
- 長期維持しやすい環境を作る
- 生体を守る
ことが中心になりつつあります。
つまり、“削るための治療”から、“守るための治療”へ
少しずつ変わり始めているのです。
“取り切ること”が、歯を守るとは限らない
もちろん、歯石除去は重要です。
炎症があり、感染源となっている部位には、
適切な介入が必要です。
しかし一方で、
必要以上のSRPによって、
- セメント質喪失
- 知覚過敏
- 根面う蝕
- 歯根破折リスク
- 長期的な歯質減少
が起きることもあります。特に高齢化社会では、
「今ある炎症を適切にコントロールすること」
に加えて、「10年後も歯を残せるか」
という長期的視点も、ますます重要になってきています。
現代歯周病学は「炎症」を見ている
現在の歯周病治療では、
単純に「歯石があるか」だけではなく、
- BOP
- 腫脹
- 排膿
- プラーク停滞
- リスク因子
- セルフケア
- 長期安定性
などを総合的に見ながら判断する流れへ変わってきています。
つまり重要なのは、単純な“歯石の有無”ではなく、
現在どれだけ炎症活動性があるのか、
そして、その歯を長期的に維持できるか
という視点なのです
「歯石がある+炎症がある=取る」
私は現在、単純な「取り残しゼロ」だけではなく、「炎症があるか」
を重視して処置を考えるようになりました。
炎症が強い部位には、しっかり介入する。
しかし安定している部位では、必要以上にセメント質を傷つけないことも大切にする。
これは“手を抜く”ことではありません。
むしろ、「長く歯を守るための判断」なのだと思っています。
AI時代に残る歯科衛生士の価値
AIや機械が発達しても、
- 微妙な炎症の変化
- 組織の柔らかさ
- 出血の意味
- 根面の感触
- “今日は触りすぎない方がいい”という判断
こうした感覚は、
まだ人間の臨床感覚に大きく依存しています。
これから求められるのは、「どれだけ削れるか」
ではなく、「どこを守るべきかを判断できる力」なのかもしれません。
歯周病治療の考え方は現在も進化を続けており、臨床判断には患者ごとの状態評価が重要になります。
おわりに
私たちは長い間、
「取ること」を中心に歯周治療を学んできました。
しかしこれからは、
「どこを守るべきかを判断できる力」
が、より重要になる時代へ変わっていくのかもしれません。
セメント質は、ただの“汚れた面”ではありません。
歯を支え続けてきた、大切な生体組織です。
そして、“守る歯周治療”とは、歯石を放置することではありません。
炎症活動性を見極めながら、必要な部位には適切に介入し、
同時に、生体への過剰侵襲を避ける。その両立を目指す考え方なのだと思います。
しかし実際の臨床現場では、
この“守る歯周治療”への移行は、まだ完全には進んでいません。
私が現在勤務している歯科医院でも、徹底的な滑沢化を重視する考え方
セメント質保存を重視する考え方、超音波主体、手用スケーラー主体
など、さまざまな価値観が混在しています。
つまり今の現場は、
“旧時代の歯周病学”と“現在の歯周病学”
が同時に存在している、まさに“移行期”なのだと思います。
その中で私は、「どこまで介入するべきか」「何を守るべきか」
を、毎日悩みながら臨床をしています。
時には、器材への違和感、“すべてガリガリやるべき”という空気
セメント質保存への理解不足に苦しさを感じることもあります。
それでも私は、「長く歯を守るための歯周治療」を諦めたくありません。
なぜなら歯周病治療は、単なる“歯石除去”ではなく、
その人が、10年後も、20年後も、
自分の歯で食べ、笑い、
生きていくための支援だと思っているからです。
歯周病治療とは、
“どこまで削れるか”を競う技術ではなく、
その歯が、その人の人生を、
どこまで支え続けられるかを考える医療なのかもしれません。
「まず害をなすなかれ」 ~ヒポクラテス~

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